鉄関連の病気―鉄不足と鉄過剰|宮嶋先生スペシャルインタビュー2

前回は、宮嶋裕明先生(浜松医科大学名誉教授)に、鉄の働きと鉄サプリメントとの上手な付き合い方について教えていただきました。今回は、鉄が関連する病気について、実際の医療現場でご活躍されるお医者様から見た現状を教えていただきます。

医師 宮嶋裕明 先生

浜松医科大学名誉教授
浜松医科大学で40年間脳神経内科医として勤務
微量金属代謝異常(鉄代謝、無セルロプラスミン血症)やビタミン異常症に伴う神経疾患領域が専門
現在は、浜松の天竜厚生会診療所にて認知症をはじめとした診療を行っている。

ウェルミル担当者

鉄が不足すると貧血になるとよく聞きます。 

宮嶋先生

ご認識の通り、鉄不足で問題になるのは鉄欠乏性の貧血ですね。貧血になると、全身への酸素を運搬する能力が落ちてしまいます。

貧血の初期だと、倦怠感や息切れ・動悸が起こり、運動機能が落ちます。さらに貧血が進行すると、頭痛やイライラが続き、注意力や認知機能が落ちることがあります。

重度の貧血になると、筋肉が動かせず寝たきりになり、最悪死亡します。現在の日本では、そこまで重度の貧血になる方は少ないですが、昔は鉄が足りなくなって心身ともに衰弱してしまう方がいました。

ウェルミル担当者

たかが貧血とあなどってはいけませんね。

宮嶋先生

そうですね。現在、日常生活を送っていて貧血になってしまう原因としては、月経過多、胃潰瘍などの消化管出血が多いです。特に若い女性は、月経だけでなく妊娠・出産もあるため、鉄が不足し貧血になってしまう方は多いですね。 

ウェルミル担当者

月経のある女性は貧血になりやすいのですね。

宮嶋先生

鉄は、皮膚のコラーゲン生成を行う酵素や、脳内で分泌されるドーパミンやセロトニンを作る酵素の中心部に使われています。そのため、慢性的な貧血が続くと、皮膚のシミやしわ・たるみなどが起こり老化も進みますし、脳の働きも落ちます。

前回は、サプリメントでむやみやたらに鉄を摂る必要はないとは言いましたが、やはり貧血にならない程度には鉄を十分に摂取する必要があります。

ウェルミル担当者

貧血になると老けてしまうのですね。それは怖い…。その他の病気はありますか?

宮嶋先生

実は、鉄が過剰で起こる病気は沢山あります。

先天的な病気としては、ヘモクロマトーシスと言う病気があります。これは、生まれつき体内での鉄の吸収率が異常に高く、普通の生活をしていても鉄過剰になってしまう病気です。この病気の方は、定期的に瀉血(しゃけつ)と言って、血液を体外に出すような治療を行います。ただし、ヘモクロマトーシスはとてもまれな病気で、あまり一般的ではありません。

ウェルミル担当者

身近な鉄過剰の病気はありますか?

宮嶋先生

一番頻度が多いのは、輸血後の鉄過剰です。ケガや病気で血液量が足りない場合に、輸血を行いますよね。もちろん必要な量をきちんと計算して身体に入れるのですが、輸血した血液を、全ての患者さんが100%体内で利用できるかというとそうでもなく、個人差が大きいです。

前回、体内では血中の鉄はリサイクルされているとお話しましたが、このリサイクルが上手くできる方と、あまり上手くできない体質の方がいます。年齢による違いもあります。

ウェルミル担当者

体内の鉄の代謝効率に個人差があるのですね。

宮嶋先生

そうです。ですから、輸血で大量の鉄が急に体内に入ったり、何度も輸血を繰り返したりすると、必ず余ってしまう鉄が出てしまいます。ヒトには積極的な鉄の排出機構がありませんので、余った鉄は肝臓や脾臓に蓄積し内蔵の機能不全が起こる原因になります。

ウェルミル担当者

輸血にそんなリスクがあるとは知りませんでした。

宮嶋先生

もちろん輸血は治療上必要な場合に行いますが、医師はそういったリスクも気にかけつつ治療します。

若くて元気な方がケガをして輸血を受けても、さほど鉄過剰のリスクはありません。一方で、鉄の利用効率が悪い方や、消化管出血の方に輸血する場合に注意が必要です。このような徐々に血液が不足した方に一気に輸血すると、鉄が余り逆に体調が悪くなってしまうこともあります。

ウェルミル担当者

血が足りないならすぐ輸血する、というわけではないのですね。

宮嶋先生

そうですね。輸血後の鉄過剰を抑えるために、余分な鉄を吸着して排出するキレート剤というお薬もあります。臨床の現場では輸血後の鉄過剰は珍しくありません。

他にも、慢性肝炎や血液の病気、感染症の方は、慢性的に炎症が起こっているのですが、そういった状態の方は鉄が溜まってしまうことが多いです。

ウェルミル担当者

それはなぜですか?

宮嶋先生

ウイルスや細菌が繁殖するために、一番必要な元素は鉄なのです。理由は、ウイルスや細菌が増殖するときに、鉄を材料に使うからです。ヒトの身体は上手にできていて、血中の鉄を臓器や筋肉に溜め込むことで、血中の鉄を一時的に減らして、外敵が増えないようにする仕組みがあります。

ウェルミル担当者

身体を守るための仕組みがあるのですね。

宮嶋先生

しかしながら、ウイルスや細菌が長期間感染し炎症が慢性化すると、臓器や筋肉に鉄を溜め込み続けてしまって肝障害などを引き起こすことがあります。

例えば肝炎は、肝炎ウイルスの感染により発症する病気ですが、抗ウイルス剤で治療してウイルスが無くなっても肝臓に溜まった鉄の影響は続いてしまいます。そのため、肝障害の治療として、余分な鉄を外に排出するために瀉血(しゃけつ)で血液を捨てる治療法も行う場合があります。

ウェルミル担当者

病気でふらふらなのに、血も抜く場合があるなんて知りませんでした。

宮嶋先生

発展途上にある国では、肝炎の治療に使う抗ウイルス剤が高額で、治療が受けられない方がいます。この方たちに、どうやって治療するかというと、まず瀉血(一定量の血を抜きます)が治療の第一選択肢になります。血液量が減って身体の鉄が減ると、肝臓に蓄積していた鉄が減少して、肝機能が改善するからです。

30年くらい前の日本でも、肝炎の治療には瀉血(しゃけつ)が有効な治療でした。今ではまず抗ウイルス剤の投与を行うのが一般的にはなりました。

ウェルミル担当者

よくある「治療」のイメージとは全く違っていて驚きです。

今回は、鉄の過不足によって起こる病気について、詳しくお話を伺いました。ありがとうございました。